
情報弱者の本当の意味
こんにちは
アンティエールの三田です。
やっと春らしい日差しが入るようになりましたね。
待ってましたとばかりに春の野鳥が賑やかです・・・笑
季節が変動する時は、なぜだかそわそわしませんか?
日本の年度の変わり目が春だけに、そわそわするのも仕方ないのかもしれません。
受験も後半に入り、いろんな感情がうごめく季節。
心穏やかに過ごされていますか?
世の流れも速く、問題が次々と沸き起こり平穏で過ごしたくても揺れ動きそうです。
だけれども!
そんなことに振り回されず、身も心も健康に過ごしたい。
心と体は繋がりが深いために、感情がカラダを締め付けてしまいます。
カラダを緩めるにも、こころをまず整えて過ごせるようにしたいものです。
情報弱者にも色んな捉え方がある
誰しも不愉快な感情が沸き上がる事ってありますよね。
苦しい・悲しい・寂しい・不安・怖い・嫌い・虚しい・がっかり・情けない・恥ずかしい・羨ましい・ズルい・モヤモヤ・ザワザワ・そわそわ・・・・
上げだすとたくさん出てきます。
ネット社会になってから使われ出した情報弱者・・・
外側の情報や知識に疎く、それによって損をしたり騙されたりする人のことを上げられますが、
情報をたくさん持っている人や頭のいい人、物事の判断能力・対処力・解決力などに長けた人。
そうではない人に対して揶揄する言葉が使われることが多いように思います。(私もその中の一人…)
だけれども
その長けた優れた情報を使いこなし、自分らしく人生を送れているかと言えば・・・・
必ずしもそうでもなさそうってのも感じます。
カラダを看る側からすると
外側の情報より、内側の情報(感じる情報)を無視して生きている人を情報弱者と当てはまるのではないかと思います。
今の時代は、自分の身は自分で守ろう!
その事を対処することに精一杯で、感情を感じる暇がなさそうです。
その感じる暇がない事が癖となり、自分の感情に鈍感になっているように感じます。
時代を生きて行くために、いい思いをしていくために色んな対処法を集められるか?
という情報との戦いに重きを置いているように思います。
悪循環なループに入る
これがいい!
これが悪い!
という外側の情報に振り回されて、いい情報を集めてそれを取り入れさえすれば、価値ある自分になれる!など、
頭で考えていると、永遠に対処法を探し続けるループに陥りやすいです。
情報を取りに行くのが悪い事と言っている話ではありません。
大切な部分として、感情を感じることをしないで、問題解決をするために、色んな情報を集めてみても解決したように感じているだけで、また、問題が生じるという事を何度も繰り返しているのがその理由です。
新しい問題のよう思うのですが、実は同じ問題を繰り返していることが多いのです。
内側にある、自分の感じる情報を常にキャッチし、外側の情報も大事だけれど、内側の情報が何倍も大切なのです。
無視してきたことを習慣にする
情報集めや処理する情報の頭ばかりを使い、感じる情報をキャッチする習慣があまりしてこなかった…
そんなことはないですか??
感じる情報って何かわかりますか?
モヤモヤしたり
ザワザワしたり
悲しかったり、悔しかったり、不安だったり虚しかったり・・・
違和感とも言います。
自分にとって不愉快な感情ですが、
これらの感情を頭を使って、何とか
『かき消す』
『対処する』
『解決する』などのスペシャリストになっていたりします。
要は、
感じるまでもなく、これらの感情をごまかさず、ちゃんと感じていると言いたいけれど、これらの感情を最後まで感じ切ると言う事をしないまま過ごしてきた。
こんなことはないですか?
ムカついているけれど、黙っている…とか
ざわついて落ち着かないから音楽を聴いてみる…とか
不安でさみしいからとりあえず、予定を詰め込む…とか
スマホを見て透明人間になってみたり…とか
不愉快な感情を置いて終わりではなく、
感じる情報をしっかりとキャッチせずに、自分から出てきた感情を途中でストップしてしまうと、自分にとって重要な情報は新たな機会に同じような形や出来事、別な形でより強く出させられます。
これが良く言うメッセージとして現れると言いますが、
もう一人の自分、自分のこころの奥底にある本音の自分は、不愉快な感情にじっくりと最後まで感じ切ってほしいと言っているのです。
感じる情報をしっかりキャッチするには
よく言われる、思考を止める!と言う事ですが、
例えば、単純にテレビ・スマホなど情報が入る物を見ない!
むやみに用事を入れない!
あ~でもない!
こ~でもない!
あの人がこうしたから!
あの人がこう言ったから!
あの出来事があったから!
などなど…
動きや頭で考えることをやめてみるってことですね。
そこに不快な感情が出てきた時は、その感情だけを切り取ってみるのです。
ここ!大事です。
例えば、
悲しいだけを切り取って『悲しかった』という感情と向き合うのです。(最後まで)
悲しかったに向き合うってのは、泣いてみてもいいし、叫んでもいいし、悲しいに浸ってみる。
そこに、悲しかったという感情に自分が共鳴していることになるのですね。
感情を感じ切ると何が起こる?
一言で言うと、感情を感じ切るとこころが緩みます。
自分を焦らしたり惑わせる情報の中にいても、今の自分に最も相応しい必要な情報が入ってきます。
よくキラキラしたスピリチュアルでも出てくる話なのですが、これが自然の法則の作用で
目に飛び込んで来たり、耳から聞こえて来たり、その方向に足が向いたり・・・
こころにふっと思わされる事で、自然に得られるのがこのことなのですね。(心の作用とも言う)
社会の動き、教育など詰め込んできた今までの流れの中で、してこなかった習慣。
感じる情報(自分の感情)をキャッチして無視せずに最後まで感じ切ってあげる習慣。
そこに
もう一人の自分はやっとわかってくれた・共感してくれたと感じてこころが緩んできます。
これがリラックスの第一歩ですね。
カラダだけを触って不調が軽減しても、この大事な部分が緩んでいないと本当の解放にはならないのですね。
カラダとこころの繋がりで、この自分の情報を取り入れてみて下い。
これこそ、自分の身は自分で守ることが出来てくるのですよね。
これができるようになると、セラピストの職も無くなるかもしれませんね。笑
自分の感情にじっくり向き合う事で、その感情を解消できることがあります。
それが色んな分野にあるヒーリング法です。
ハワイにもヒーリング法に、『ホ・オポノポノ』があります。
基本の大事なものが分かっていなければ、色んなヒーリングを受けても変わらない。
どんなヒーリング法の何が良いという話ではなく、本質の部分ですね。
カラダを触って解す・・・
そこからのアプローチから緩めて、感情を向き合う・・・それでもいい
結局は自分を無視しないことが基本です。
情報過多過多なこれからの世界。
しっかり立って生きましょうね。