綺麗はス・テ・キ!untier Blog

15年目にして想うこと。

おはようございます。

今日の神戸はどっぷり梅雨空になっています。

14年前の今日は晴れた良いお天気でした。色あせることなくまだまだ記憶が鮮明に残っています。

母が亡くなって15年目。

いろんな想いをした14年でした。

事故ではなく病で倒れましたが、やはり、覚悟はあったとしても別れというのは相当な想いをするものでした。

家族のかなめとなる人が亡くなると、色んな軸がグラついたりして見えてなかったものが見えてきたり・・・・。

 

今は核家族が当たり前のように小さな家族が多いですが、子育てを経験していると暖かいたくさんの目があると親は楽だなって思います。

楽さだけではないですが、気持ちが穏やかでいられる。25ff32a8eb1bf3a870c451c9486eca4c_s

ちびまる子ちゃんやサザエさんのような環境はやっぱりいいものだと、見ていてほっこりします。

一昔は生きぬくのに必死だったし、生活を豊かにするのに必死だったし、私の世代は生活を豊かにするのに親は必死に働いていました。

朝早くから遅くまで働き詰めの生活、商売をしていたら時間などあっという間に一日が終わっていまします。

そんな姿をず~っとみてきて私。

正直子供の頃は親に言えなかったけれど、寂しかったんだと今になって思います。

自分の子供にしている事、手をかけている事。知らず知らずにしていたのは

本当は自分がしてほしかったんだと思います。

仲が良くも悪くもない母と私。第2子として生まれたのもあるけれど、自由に育ったと思いますが母が亡くなる3、4年ほどは確執もありました。

闘病中の母を置いて、家を出た私。

今思うと、ひどいことをしたのだけれど、あの時はそうしなければ自分の軸が折れると言うよりか、ぶんぶん振り回しそうで怖かったんですね。

怒りが私を支配してて・・・・それを覚めさせるのに離れるのを選んだんですね。

でも、覚めさせてもまた出てくるものなんですね。落ち着かせただけだから、何かの形でまた出てくるんです。

そうこうしているうちに、突然やってきた別れ。

解消することもなく・・・・。

この残った想いを解消するのに随分と時間がかかりました。

母と娘という関係って同性だけにきついものがありますが、母も祖母との関係が薄いだけあって母も母なりに、私のことを悩んでいたんだろうと思うと、大変な思いをさせちゃってごめんねって気持ちです。

私は母からの教育って、母が亡くなってから始まったような感じです。自分の足で立ちなさい!ってことをいろんな形で経験させてもらいました。

娘は母と出会えませんでしたが、母と出会った人たちが皆、娘を可愛がってもらえていることに感謝しています。

 

私はどんな形で娘に残せるのかな・・・?と思いながらも、

今日も暴れん坊の娘に振り回される私なんでしょうね。

腰痛なのでお手柔らかにお願いしますよ!

 

 

 

 

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